バイオベンチャー創業記 『ティレル』

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『ティレル』

  • 2013/07/28(日) 20:05:57

先日友人と話をしている間に昔のことを思い出したので書いておく。
先に書いておくが極めてくだらない。

僕が小学生だった1970年代はスーパーカーブームだった。
フェラーリ、ポルシェなど夢のような車がいっぱいあって
小市民の子どもにはとても手は届かないが
大人の手練手管でカードやら写真やらをまんまと食わされて
ときめきと羨望のカクテルにどっぷり嵌っていた。
中でもランボルギーニのガルウィングドアなどは
自分たちの創造力を超越する発想があることを教えてくれた。

そんなある日、小学校に入学して間もない僕に稲妻の降りるような車が現れた。
それはF1マシンのティレル(Tyrell)P34であった。
P34

なんと前輪が2組4本もあるのだ!

後に知識として知ることになるのは
この前輪をノーズの後ろに隠して
空気抵抗を低減する目的のために前輪を小さくし
一方で小さくなるタイヤの接地面積を補うために前4輪設計となったということだ。
ただ僕にとってはこれはもはや車としての定義とすら思っていた
「車=4輪車」という概念が根底から覆される晴天の霹靂であった。

僕同様に悪魔か神の啓示が降りた男がもう一人クラスにいた。
田中という小学校1-2年のクラスメートである。
ふたりは6輪車の絵を狂ったように描き始めた。
すぐに6輪車に飽きた二人が次に向かった先はタイヤが沢山ある車だった。
家でも授業中でも構わずタイヤが沢山ある車を描いた。
紙という紙に、果ては下敷きや学校の机に。
「オレなんかタイヤが126個もある車を描いたぜ」
「昨日の夜にタイヤが289個(なんで奇数だ?)の車が描いたんだぜ」
張り合うようにもはや車の影すらない謎の物体を描いた。

P34は他のメーカーとは規格の異なる径のタイヤであったため
タイヤメーカーの協力が充分に得られなかったり
あるいはその先進的なデザインを導いたデザイナーの離脱により
程なくレースシーンから姿を消していった。
僕と田中の熱はそれを待たずに1ヶ月ぐらいで覚めた。
小学校の途中で田中は父親の転勤に伴って転校してしまい
それ以来会っていない。

元気にしてるかな、田中。


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